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神さまは人間にとってありがたい存在ですが、実は神さまにとっても人間は我が子 なぜなら神さまは人間の想いと行動があってこそ、力が発揮でき、活躍できるから 人間の想いがさがると、神さまの力もパワーダウンしているのです。 人が感謝し、反省し、調和に向かって動き出すと、神さまはどんどんパワーアップ 人と神は子と親と同じで、ともに歩み、成長しているのです。
人は産まれるとき、その土地の神さまに抱かれ、生をうける。 この産まれた土地の守り神こそ産土の大神さまなのです。 産土の大神さまはその土地に産まれた人間を産まれてから死ぬまで見守り、守護し いわば、私たちの一生の守り神であり、一番身近におられる神さまなのです。 また産土の大神さまは祖霊を統括し、助け導く神さまで、日本では、仏さまやお地蔵 昔の日本人は祖霊(ご先祖さま)や産土の大神さまとの深い結びつきを通して、生き
では産土の大神さまはどこにおられるのでしょう? 日本ではその土地土地の神社におられるのです。 ただし、神社の少ない北海道などでは山であったり、湖であったり、大きな岩で もともと大自然そのものが神さまなのです。 昔の日本人は神さまに感謝するために、その土地の一番気のいいところに神社 そこに神さまが鎮座され、人と神は身近な関係になったのです。 人は子神であり、産土の大神さまは親神なのです。 産土の親神は子神の成長のため、いろんな試練に対して、見守りながら後押 決してすぐに願いをかなえるようにはせず、その人の志と行動の成長にとって そのときに人は「ありがたい!ありがたい!」と有難いことに感謝したのです。
そしてあげくの果てには、自分は動きもせず、感謝もしないで「この神さまはだ
人は気づきのため、そして天命に向かうために病気になったり、辛い目にあった その人が天命に向かっていけるように、産土の大神さまは今日もあなたを守りつ
人は産まれるとき、ご先祖さまをふくめて深い縁の中で誕生します。 その土地に産まれることはとっても意味のあることなのです。 自分に縁のある神さまは母方か父方のどちらか、または両親にも縁のある神さま また神さまと仏さまも縁があるというか表裏一体になって守護しており、神が陽で だから神がいいとか、仏がいいとかでなく、それぞれを尊重し、本来の力が発揮 いいかえれば産土の大神さまと産土の守護仏さまの両輪で守られているのです。
たとえば産まれた土地を離れるとき、行った先の土地の神さまに「こういう者がそち 頼むのはたいてい縁のある気心の知れた神さま同士なので「よしわかった!まかし この神さまがその人の鎮守の大神さまとなり、新しい住居での守り神となるのです。
神さまはネットワークで働いておられることがよくわかります。
みかえりを期待するわけでもなく、その人間の成長を願って、守りつづける たとえばあなたが産土の大神さまの存在を知り、産土神社にお参りして今まで 親のような産土の大神さまは、気づいてもらえた嬉しさで元気いっぱいになり、 産土の大神さまと自分とのパイプが太くなると、「ついてるな!」と思えること 結婚、出産、家庭不和、精神的悩み、相続、身内のトラブルなどは、まず 鎮守の大神さまは、現住所の守り神で、家庭、仕事、商売などが順調にいく 一の宮や総鎮守、そして伊勢神宮や出雲大社など私も大好きで、行くだけ 自分のルーツの神仏を大切にすること、そして生きている人間がそのことを
宗教、思想について考えるとき、対立、排除的には発展しない時代になって 日本人は古来より、ひとつの存在の「陽」の部分を神と認識し、「陰」の部分 神が生命を生かす存在とすると、仏は人の悲しみ・悩みを救う存在であり、 神さまの世界だけでは、苦しみから救われない人々が増え、陰である仏の 確かに仏のほうが具体的で、こうすれば救われるとはっきりした答えが出し こうして陰と陽それぞれが力を出し合う中で調和していくという文化や思想 「和をもって尊しとなす!」 このことをいうとよく「おとなしくしていろ!」と言うのか!と考える人がいま そして神が上とか仏が下とかという捉え方(比較できるものではない!) また西洋では、「神は唯一絶対のものである」ととらえているようですが、 日本の神話のなかでは神さまも失敗や挫折をしています。 いわゆる完全無比ではないのです。 神道では「成り行く存在」というように、神さまも人間同様、常に成長する 神さまもがんばっておられるわけです。
キリスト教の聖書に出てくる「創造神観」は人間は神によってつくられた つくった者とつくられた者にはどうしても隔たりができてしまいます。 つまり人間は永遠に神にはなれないわけです。
これを「神人同質」といい、さらに「万物同根」になっていくのです。
産土神社の大神さまはまさに母なる神さまなのです。
人間が神の方向からずれてしまった場合、神としてそのまま放っておく そこで、苦しむ人間を救うために「仏」の存在が必要になったのです。 神は変化身となり、「仏」として苦悩する人間を救う役目をすることで誕生 だから上下はないのです。あるのは働きなのです。 神と仏の両方が必要な理由、分かっていただけましたか? そうゆうことで、産土神社のお参りとともに、菩提寺(先祖の墓を守る宗旨 なお、産土神社、菩提寺、先祖のお墓は父方だけでなく、母方もとても 産土信仰とは神・仏・先祖の3つを大切にしていくことなのです。 |
文書提供:うぶすな教育コミュニティ 山本健太氏